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脳内世界地図ミクロ -楡井ズム増刊号-

 
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即興詩篇

『反芻殺人』

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 この太く撓った腕が大鎌だったら、きみの首は地に落ちていた。
 ぼくの粗く不条理な妄想が世界の秩序だったら、きみを愛する誰かはいまこの時間にきみに関する不幸な夢を観るだろう。

 振り下ろしながらぼくはきみの告白を聞いている。耳朶に黥しても構わないほど鼓膜に心地いい言葉だ。今でもそらで言い真似られる。
 きみの笑顔と真面目さを貼りつけた温和な心臓。鉄板のうえに押しつけて、煙を嗅ぐのだ。おかしいぐらいに縮んでいく、無様な心臓。
 卓を挟んだ向かいのソファーに胸を抉られたきみが坐していて、僅かに残る最後の力は、右手に握った眼鏡のレンズを割るのに遣った。
 焼けたよ、ときみの心臓を皿に取る。箸で摘んで、きみの口元に運び入れる。乾ききった唇は、血で潤った。焦げが縁にこびりついた。
 ごめんね、返事ができなくてと項垂れるぼく。そのまま鉄板の上で熱せられた包丁を、喉仏に突き刺して狂い死ぬぼく。

 煮こまれた寸胴鍋のなかのグロテスクなオーロラ。きみは肩まで浸かって、火の通った眼球を湯気で震わせる。隠し味には梅酒を少量。
 きみの確固たる意志と切なさと器用さと、神秘な眼差しを封じ込めた異邦のスープ。かき混ぜて煮詰まらすと、重力を持ち出すスープ。
 きみはいつでもぼくの味方でいてくれた。これ以上の関係を求めるのは欲張りってもんだ。そんな言葉を書き連ねた思い出の写真たち。
 切り刻んで、一緒に溶かそう。あの時、伝えられなかったことばも入れてしまえ。隠し味にしては苦味が強いが、不味くはならないさ。
 好きだった、ことばの切れ端が渦を巻く。寸胴鍋を持ち上げて頭から被ると、アルコールが入ったせいか、途端に意識が渦を巻く。

 何度も何度も夢から醒める。こんな生活をしてばっかりいるから、こんなに滑稽な夢絵巻。
 朝一番から吐き気をもよおして、口は排気ダクトのように乾ききってしまっている。
 こんな夢で目が覚めるぐらいなら、いっそのこと死んでしまって、夢を見続けた方がましだろう。
 笑うきみ。あざけるきみ。その口元を押さえて、掴みかかってまた殺すぼく。
 ぶん殴って、肉を破って、破壊して、そのたびに愛とはなにかを問おうとするぼく。
 けれどまた醒めれば、どっしりとした倦怠感のなかに愛とはなにかとその問いだけがぼくを責めていく。
 見失った愛の断末魔がぼくを妄想に掻き立てるのか。未練が、ぼくを操っているのか。
 離れてもなお、関わっていたいだけなのか、心を許していることの表れなのか。
 けれど悪いのは巡り合わせだ。ぼくが答えを出したんじゃない。出させられたんだ。
 それが運命だときみたちが呼ぶのなら、ぼくは運命を怨むよ。


 この細くしなやかな指がけだものの爪と牙だったら、きみの臓器を貪っていた。
 ぼくの醜く不条理な妄想が世界の混沌だったら、きみを取り巻くすべての人は聖人で、脆い世界の崩壊の罪なき被害者だったろう。

 あれ以来、声が思うように出せなくて困っている。まるでずっと前に投げつけた硬くて重いことばの端々が引っかかっているみたいに。
 ぼくが咳払いをするといつだって、きみは何の気なしに振り返ってくれたから、まだあの時、喉の障碍は唾液で洗い流すこともできた。 
 いまは空調の音に消されてしまうんだ。ぼくが弱々しくなったからか、周囲が猛々しくなったからか、距離が遠のいてしまったからか。
 稚いのさ、後悔はいつだって。 ありえたかもしれない時間を跨ぐ、あの銀色の痩せた海豚は、ことばもろくに喋れない幼兒のままさ。
 ぼくがきみの想いに応えるために贈った海豚だ。きみはもう棄ててしまっただろうか。

 早朝のまぶしさだけ覚えていて、会話の中身は少しも思い出せないけれど、あの時に云ってしまうべきことばはまだ胸底に残っている。
 もし他者の視線があったとして、県道を遡っていく乗用車の窓越しに見つけたぼくらを、恋人のようだと冷やかしてはくれないものか。
 冷気をじりじりと耀かせる曙光にくぐらせて、ボンネットには通勤途中者を脅かす反射。思わせぶりなのが悪いんだ、悪気がないのに。
 ぼくはあのままあの密室であの朝を引き止めればよかった。没めた腰をあげぬまま、助手席をぼくだけの場所にしてしまえばよかった。
 職場に着き、定刻になり、きみときみの車に別れを告げる。冬空も夢から醒めていく。

 何度も何度も思い出す。好きになれば好きになるほど顔を思い出せなくなる、それがぼくにとって一目惚れだった。
 このまま忘れればいいと、思いださなければいいと、臆病な心臓に云い聞かせた。記憶はぼくの云うことを聞いてくれやしないから。
 駆けめぐる血液よ。きみは酒ではないが、水ではない。けれど薬でもなければ毒でもないが、この知恵熱を下げてくれはしないか。
 ぼくはぼくの兇暴な感情で、事あるごとに彼女らを殺してしまう。
 傷つけあって死ねるなら本望で、この苦しみが致命傷ならいい。だけれど皆が知っているとおり、ぼくは変わらず元気でやっている。
 彼女たちを辱めて、罵って、切り刻んで宇宙に放つという作業を、ぼくは一体いつになったら辞められるのだろうか。
 もしもこのまま殺し疲れて、混濁したまぼろしに愛想がつきたら、ようやくぼくは報われるのか。
 彼女たちを殺し続けるこの悪夢が、ぼくのなかの物語として意味を為すようになるのか。
 もしも、何物にもならず、時神さえ忘れたころにまた思い出すとしたら。これは不条理な妄想に過ぎず、永劫ぼくが報われないとしたら。
 そのときはぼくは、運命を怨むよ。


 この血走った目が、きみたちを遠ざけたのだとしたらぼくは目を潰そう。
 この筋の通る鼻が、
 この色素の薄い髪の毛が、
 この色素の薄い荒れた肌が、
 この突拍子もない唇が、この栄養失調な自慢の痩躯が、自意識過剰なぼくの精神が、
 きみたちを遠ざけたのだとしたらぼくを殺す。
 とうに悪い夢から醒めたぼくは、きみら以外なら誰だって殺せるのだから。
 相対死なんて調子がよすぎる。ぼくはぼくだけを殺す。


 この物語のすべてが現実だったら、ぼくは今ごろ首を吊っている。
 ぼくの呑気で不条理な妄想がぼくのすべてだったら、やっぱりきみとは付き合わなくてよかった。


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